この記事では、慶應義塾大学(慶大)の野球部を4番打者として牽引し、就職内定・ドラフト落選・そしてMLB挑戦へと進む異色の経歴を歩む 常松広太郎(つねまつ こうたろう)選手についてご紹介していきます。
知れば知るほど、その選択と背景に「なるほど」と納得したくなる人物です。
📌 常松広太郎 基本プロフィール
- 氏名:常松広太郎(つねまつ こうたろう)
- 生年月日:2003年10月27日(※2025年時点で22歳)
- 出身:神奈川県(米ニューヨーク州ライ市で幼少期を過ごす)
- 身長/体重:およそ185cm前後・90kg前後(各報道などで複数記載あり)
- 投打:右投右打
- ポジション:外野手(4番打者)
- 学部:慶應義塾大学 法学部政治学科
- 高校:慶應義塾湘南藤沢高等部
- TOEIC:990点満点(満点)
- 大事にしている言葉:「粗にして野だが卑ではない」
この粗にして野だが卑ではないという言葉は、言動は荒っぽく粗野でも心が卑しくない、筋が通っているという意味だそうです。
このプロフィールだけ見ても、野球だけでなく学業でもかなり優秀な人物であることがわかりますよね。
特に英語力に関しては、TOEIC満点という圧倒的なスコアを持っているという点が、単なるスポーツ選手とは一線を画していると思います。
🧒 幼少期〜高校時代までの歩み
常松選手は父親の仕事の関係で小学校3〜6年生まで米ニューヨーク州に住んでいた経験があります。
ここで重要なのは、単に海外生活をしたというだけでなく、アメリカの野球文化に幼いころから触れていたということです。
またアメリカでは野球をはじめ、バスケットボールやアメリカンフットボールなどいろいろなスポーツが盛んで、体験の幅が広がったという話もあります。
大リーガーでも、以前はアイスホッケーやバスケをしていたなんていう選手も時々いますよね。
常松選手も野球以外の体験も含めて「スポーツ感覚を柔軟に育んだ」時期だったのかもしれません。
中学以降は日本に戻り、慶應義塾湘南藤沢の中等部・高等部で野球を続けました。
ここでは硬式から軟式野球への“異例の転身”があり、最初は軟式ボールに苦戦する場面もあったようです。
結果的に、“細かいバットコントロール”を鍛える良い場になったという話も本人の振り返りの中で出ています。
こういった体験は、のちの大学野球やメジャー挑戦でも生きてくるんじゃないかなと感じます。
🧠 慶大時代 — 文武両道で成長した日々
大学では、東京六大学野球の中心的存在として慶大の“4番打者”を任されるまでに成長。リーグ戦で通算数本塁打を放つなど、チームを引っ張りました。
ただ、ここで注目したいのは、“野球だけじゃない”という面です。
常松選手は法学部政治学科に在籍しつつ、野球に打ち込み、さらに就職活動をするという、まさに文武両道の典型でした。
TOEIC満点+慶應義塾大学という学歴+4番打者というのは、非常にすごい組み合わせです。
本当に眩しいくらいの経歴です。
こういう話を聞くと「勉強もスポーツも両方やってきた人」って、どこか人間としての幅が広く感じませんか?
ここで常松選手の大学時代の成績を見ていきましょう。
東京六大学野球リーグ戦通算成績一覧
| シーズン | 試合 | 打率 | 打数 | 安打 | 打点 | 本塁打 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2024 春季 | 11 | .212 | 33 | 7 | 1 | 0 |
| 2025 春季 | 14 | .281 | 57 | 16 | 10 | 3 |
| 2025 秋季 | 12 | .279 | 43 | 12 | 8 | 1 |
| 合計 | 37 | .263 | 133 | 35 | 19 | 4 |
シーズンを通して打率約.263、4本塁打、19打点と安定した活躍を見せています。特に2025年は打撃面が大きく伸び、チームの中軸として重要な役割を担っていました。
外野への転向と成長
常松選手は 高校時代はキャッチャー でしたが、慶應大学入学後に外野手へ転向しました。
その後、バッティングに力を入れ続け、 チームの“主砲”として活躍 するまでに成長しています。
これは本人の努力と周囲の支えがあったからこそです。
2025年春の躍動
2025年春季リーグでは 3本塁打を記録 し、得点にも直結する活躍が見られました。特に立大戦では 1試合で2本塁打を放つ活躍 が話題になり、チームの勝利に大きく貢献しました
📉 プロ志望届提出&ドラフト指名漏れ
2025年10月23日のNPBドラフトでは、常松選手の名前は呼ばれませんでした。
ドラフトに向けて志望届を出していたものの、プロからの指名はなかったのです。
これはスポーツ選手にとって大きな出来事です。
期待していた未来が、閉ざされる瞬間でもありますから…。
常松選手本人も後にSNSで思いを吐露しており、大学野球生活を振り返りながら「悔しさも次のステージへの糧に」と投稿していました。
💼 内定獲得 — GS(ゴールドマン・サックス)という選択肢
その指名漏れ後、慶大野球部の進路発表では、常松選手は米大手金融「ゴールドマン・サックス」への就職内定が公表されました。
就職先としてもトップクラスの評価を受ける企業です。
一般的に、野球選手が引退後の就職先としてこうした超一流企業内定を持っているというのはかなり珍しいこと。
多くの大学野球選手は、ドラフト候補にならなくても社会人野球を選ぶケースが多いです。
この段階で彼には“2つの道”があったと言えます。
- 安定したキャリアを築く(ゴールドマン・サックス)
- 野球を続ける(プロや海外挑戦)
そこで、非常に興味深い展開が起こります。
✈️ カブスからオファー — 内定辞退&MLB挑戦へ
ドラフト指名の後、想像もしなかった知らせが届きました。
メジャーリーグの名門、シカゴ・カブスから“マイナー契約のオファー”が届いたのです。
これを受け、常松選手はゴールドマン・サックスへの内定を辞退し、MLB挑戦の道へ進む意向を公表しました。
本人はSNSで「カブスからのオファーは事実で、前向きに検討している」と発信しています。
ここが本当にこの物語の肝だと思うんです。
「安定」と「夢」、どっちを選ぶべきか。
多くの人が人生で一度は悩むテーマだと思います。
常松選手は、
👉 まだ体が動くうちに夢を追いたい
と、自らの直感と覚悟で海を渡る選択をしました。
安定したキャリアを放棄して、未知の世界に挑む。
これってかっこいいだけじゃなく、本当に勇気のいる決断だなと思います。
🏁 さいごに
常松広太郎選手の挑戦は、まだ途中です。
- 慶大で4番を務めたプレッシャー
- 野球と勉強、就活との両立
- GS内定という“最難関ルート”
- そしてメジャー挑戦への決断
この一連の出来事を見ていると、「人生は選択の連続で、どれも間違いじゃない」ということを教えてくれる気がします。
普通の大学生なら、就職内定を握りしめて社会に出る選択をするはず。
でも常松選手は、体が動く今、この瞬間にしかできない挑戦を選んだんです。
これからカブスという環境でどんな成長を見せてくれるのか、すごく楽しみです。
常松選手のこれからに、ぜひ注目してみてください!


コメント